俳誌「ひいらぎ」の巻頭言に小路智壽子主宰の連載記事が掲載されている。7月号では、-『虚子俳話』を読む - と題して記事があり、その内容に意を得たりの感慨を覚えました。全文を転載するのは憚れるので、概要をご紹介します。

虚子は「理屈が実作に先立つことは好まない」と述べている。

冒頭に上記の虚子のことばが紹介されている。この言葉を受けて主宰は、

「虚子にとって俳句の原点は、先ず実作することであり、理論があってそれに基づいて作句することではない。」

と解説されている。

これは、みのるが紫峡先生の特訓を受けているときにも何度も何度も諭されたことである。当時紫峡先生は、俳句界への奉仕だといわれて多くの入門者を無料で指導されていた。勿論みのるもその一人でした。智壽子主宰の巻頭言を読みながら、あるとき紫峡先生がふと洩らされたことばを思い出しました。

「理詰めで俳句を理解し、作ろうとされるタイプの人が大成することはまれである。」 と。

知識や理論を覚え、語彙を増やすことが上達への道ではなく、弛まない実作(写生)の積み重ねによって感覚、感性、個性を磨くことが結局は一番近道であるといえます。